弁護士 猿田佐世
沖縄の人口は2000人?
約10年前、アメリカの首都ワシントンへの留学をきっかけに外交の一端に関わるようになった。日本に存在する様々な声が日米外交には届いていない、という現実をワシントンで目の当たりにしたからである。
沖縄の名護市辺野古への新基地建設反対の声を上げる沖縄の人々に背中を押され、沖縄の声を届けなければと、米連邦議会のドアを叩いたのが、私のワシントンでの取り組みの始まりであった。
初めての議員面談で、下院外交委員会のアジア太平洋小委員会の委員長から「沖縄の人口は2000人くらいか」と質問された。動揺しながら「いえ、100万人以上います」と答える私に、「では、飛行場が一つできればその人たちは便利になるのではないか。」と彼は続けた。
いつまでも忘れることはないだろう日米外交の原体験である。彼は、下院で沖縄基地問題を管轄するはずの小委員会の委員長であったが、沖縄の基地問題について何も知らなかった。「アメリカは一枚岩となって日本に辺野古の基地建設を求めている」そんなイメージが、ガラガラと音を立てて崩れていった。
その後、沖縄の声を届けるべく、ワシントンにおいて米政府や議会関係者との面談を続け、また、沖縄の方々の訪米活動をサポートしてきた。故翁長雄志沖縄県知事を支えた「オール沖縄会議」や稲嶺進前名護市長の訪米活動の企画や同行も担当してきた。
沖縄の辺野古基地建設反対から始まった取り組みは、その後、アメリカに様々な声を伝えたいという日本の多くの方々に支えられて、原発・再処理、TPP、安保法制、北朝鮮問題などに広がっていった。
「日米外交」は、実に限られた一部の人たちの手によって動かされている。そこには、原発反対や憲法9条改正反対、沖縄の辺野古新基地建設反対の声はほとんど届くことはない。従来の日米外交の枠内のパイプを用いて日本を「代表」してワシントンに声を届ける人たちがそのような声をアメリカに届けることがないからである。これらの声は日本の世論調査で過半数となることが多いが、そうであっても、日米外交においては重視されない。
それに対し、日本政府や大企業は、米国のロビーイストやシンクタンクに莫大な資金を提供して、自らの声を米政府に届けるべく働きかけを行っている。
日本での政策実現にアメリカを使う
さらに日本で知られていないのは、日本の保守派が、日本におけるアメリカの強大な影響力を使って、自らが推す日本国内の政策を実現するためにアメリカを利用している、という点である。
例えば、代表的なものとして「アーミテージ・ナイ報告書」といわれる報告書があげられる。「日米同盟の守護神」ともいわれてきた知日派の代表的な存在であるリチャード・アーミテージ元国務副長官とジョセフ・ナイ元国防次官補が代表執筆者となり、約5年に一度、民間のシンクタンク等から現在まで3回出版されてきた(2000年、2007年、2012年)。
この報告書は、その都度、集団的自衛権行使容認、原発再稼働、TPP参加、秘密保護法制定など様々な勧告(Recommendations)を日本政府に向けてだしてきている。
実際に、報告書が出されて数年の内に勧告の多くは日本政府の手によって実現されてきており、この報告書は日本の外交・防衛の教科書と表現されたりもするほどである。
この報告書は米政府によって作られたものではなく、民間の発表物であるに過ぎない。にもかかわらず、これが出版されると、日本では各紙が報道し、直ちに日本語に翻訳され、外務省・防衛省の政策の参考にされたり、大手新聞が丸写しのような社説を載せたりしてきた。
そして、多くの人々は、「アーミテージ・ナイ報告書」の出版元であるシンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」に日本政府が多額の資金を提供していることを知らない。CSISには日本政府が毎年50万ドル以上の資金提供を行っているが、「50万ドル以上」という掲載があるだけで実際の金額は不明である。笹川平和財団、経団連、三菱商事、NTT、日立、トヨタなどの有名な日本企業や団体も提供者として名を連ねている。また、日本政府・企業から出向した客員研究員が何人もCSISに常駐していたり、日本政府関係者や日本の保守政治家がこの報告書の執筆者に日参して、情報提供をしていたりすることもほとんどの日本人は知らない。ブルッキングス研究所も同様で、日本企業などから巨額の資金提供が行われている。
ワシントンは、覇権国アメリカの首都であり、国際政治に強い影響力をもつ街である。特に、日米同盟が主要政策の全ての指針になる国日本においては、ワシントンは強烈な影響力をもつ。その影響力を熟知する日本の企業や政府は、ワシントンのこういったシンクタンクやロビーイストに情報や資金を提供し、自らの意見を「ワシントンの声」に変えて日本にぶつけ、日本で自らの成し遂げたい政策を実現していく。これが常套手段となっている。
これを私は「ワシントン拡声器」と呼んでいる。
日本の私たちは日々アメリカの情報に取り囲まれているが、この拡声器の存在を知る人がどれくらいいるだろうか。
そして、それにかかわる多くの資金が税金から支払われていることを、どのくらいの人が知っているだろうか。
実際にワシントンに滞在していると、冒頭の委員長ではないが、「私たちの思うアメリカ」と「実際のアメリカ」が相当程度異なることを実感することが頻繁にある。
外交に民主主義を
アメリカの影響力は日本にとってとてつもなく大きい。だからこそアメリカの情報は適切に日本に届けられねばならないし、日本人によって作られた外圧は「日本人の手によるものだ」と日本で認識されなければならない。
そして、日本に存在する多様な声は、もっともっと日米外交に届けられねばならないのである。
安全保障や外交は専門的な分野であるから専門家でなければ判断できないと、政府関係者や研究者から指摘を受けることもある。しかし、外交が取り扱う事項は、憲法、原発、米軍基地など、日本の「国のかたち」を大きく左右するものが多い。そこに一般の国民の参加が認められないようでは民主主義国家とはいいがたい。
「外交に民主主義を」
これが、私のモットーである。
それを実現するために各国の人々との外交チャンネルを、特にアメリカと日本との外交チャンネルを広げるべくアメリカに足を運んできた。
シンクタンク「新外交イニシアティブ」(ND)を立ち上げ、現在、アメリカへの働きかけと共に、日本に存在する様々な声を現実の社会に反映するための研究・提言活動を専門家の方々とともに行っている。たとえば、報告書「今こそ辺野古に代わる選択を-NDからの提言ー」を出版し、米海兵隊の運用や役割を踏まえて辺野古新基地建設が軍事・安全保障面からも不要であることを論じ、日米で発表するなどしている。
外交・防衛についての政策提言をすすめ、日本にある多様な声を外交に届ける役割を担っていきたい。
(新外交イニシアティブ(ND)の活動にご賛同くださる方は会員になって支えていただければ幸いです。http://www.nd-initiative.org/ )