過去と未来は親子関係

M. Kimiwada

M. Kimiwada

君和田 正夫

 最近の日本は戦前と似てきた、という指摘が増えています。1925年に制定された治安維持法から1931年の満州事変を経て1945年の敗戦まで、日本を覆った国家総動員体制との類似性です。連想ゲーム式にいくつか例を挙げてみましょう。

  • 「安全保障関連法」「新・3本の矢」→「富国強兵」
  • 「一億総活躍社会」「マイナンバー制度」→「国家総動員法」「一億玉砕」「一億総懺悔(ざんげ)」「一億皆兵」
  • 「希望出生率1.8」→「産めよ増やせよ」

 「富国強兵」は御存じの通り、明治政府の根幹になる政策です。「殖産興業」で経済力を付け、その経済力で軍事力を高め、列強に負けない国家を作ろうとしました。アベノミクスでは「希望を生みだす経済」を目指して2020年初頭に「GDP600兆円」の達成を掲げました。「新・3本の矢」の中では「希望出生率」を1.8に引き上げる目標を示しました。2050年まで人口1億人を維持することが狙いです。2014年の合計特殊出生率は1.42です。

 「産めよ増やせよ」は昭和に入って国が掲げたスローガンです。今と同様、当時も人口が減り始めました。しかし兵力は増やしていかなければならない、という状況で昭和14年、厚生省が「結婚十訓」(注)を発表しました。その10番目に「産めよ増やせよ国のため」という文言があります。太平洋戦争直前の16年には「人口政策確立要綱」が閣議決定されました。この中では、昭和35年に人口一億人を目指す、としています。一夫婦の出生数を5人とする目標や、女性の就職を抑制することなども謳われていました。

 

戦前に作られた政策の枠組み

 

 戦前の政策との類似性が指摘されるのはなぜでしょうか。日本の国家としての基本的な枠組みが戦前に作られ、引き継がれて来たからです。福祉国家としての歩みや人口政策は戦前の政策を引き継いでいます。

 先日、作曲家三枝成彰氏のオペラ『Jr.バタフライ』の富山での公演を見てきました。舞台は1941年の大戦前夜から日本の敗戦まで。蝶々夫人が産んだJr.バタフライと日本人女性ナオミが戦争に翻弄される悲劇を描いたものです。その中で詩人が「この殺伐の時代 この非道の前で」と歌い始めます。

 「過去と未来は親子である。何事も『もう遅い』親だけれども、未来に責任がある。何事も『まだ早い』子どもであっても過去に学ぶ義務がある」

 

裁量と拡大解釈が行きつくところ

 

 憲法改正が政治日程にあがってきました。法律は作るにしても改正するにしても、国民の納得を得やすい形でスタートします。しかし、その後は裁量と拡大解釈で運用され、それが限界に達すると改正(改悪?)する、と言うことが繰り返されてきました。憲法はこれまで何度も拡大解釈されてきましたが、解釈改憲が限界に達したことを安倍首相は良く御存じなのでしょう。

 悪名高い治安維持法は1925年(大正14年)に作られました。その時はわずか7条の法律でした。最高刑も懲役10年でした。しかし3年後には最高刑は死刑に“改正”されました。1941年には64条にまで膨らんでいました。宗教弾圧などが加わったからです。

 

「ラヂオは戦争の武器」

 

 こうした時代の流れを誰も止められなかったのか、メディアはどう振る舞ったのか、が戦後問われることになりました。年輩の方は記憶にあると思いますが、「欲しがりません勝つまでは」という標語は、昭和17年、「大東亜戦争一周年、国民決起の標語募集」という大キャンペーンで生まれました。募集の主催者は大政翼賛会、読売新聞、東京日日新聞、朝日新聞です(『文学報国会の時代』吉野隆雄著)。

 昭和13年発行の『生活にラヂオ』と題する日本放送協会(NHK)のパンフレットは国民に向かって、次のように訴えています。
『ラヂオは国家総力戦の有力な武器なのです。ラヂオは戦争するのです』という見出しに驚かされます。続けて本文は

 「近代戦争の最大根幹をなす国民の精神及思想を総動員し或は統一統制する事は思想戦と宣伝戦に勝つ最も重要なる力です。(略)此の重大な任務を最も強力に果たすのはラヂオなのです」

 安倍首相は1月19日に日本経済新聞などが行ったシンポジウムで講演しました。民主主義の定着に必要な「絶対条件」として「異なる意見、立場を尊重し合うことだ」と指摘した、と日経が報じています。その言やよし、と言いたいところですが、御自分の意見、立場を尊重せよ、と国民、メディアに向かっておっしゃっているようにも聞こえます。賛成派も反対派も「お互いに」ということですよね。残念なことですが、国内では異なる意見、立場に対して、昔で言う「危険思想」の摘発的行為が既に始まっているのです。

 (注)「結婚10訓」①一生の伴侶に信頼できる人を選べ②心身ともに健康な人を選べ③悪い遺伝のない人を選べ④盲目的な結婚は避けよ⑤近親結婚はなるべく避けよ⑥晩婚は避けよ⑦迷信や因襲にとらわれるな⑧父母長上の指導を受けて熟慮断行せよ⑨式は質素に届けは当日に⑩産めよ増やせよ国のため