軽減税率に身をゆだねる新聞

M. Kimiwada

君和田 正夫 

 この欄で「メディアと政治の距離感」について度々書いてきました。記事内容や番組内容への注文、そしてジャーナリズムに身を置く人間への「叙勲」、政府の各種審議会、委員会などへの人選、さらには首相との食事会やゴルフへの参加など、政治との距離感が曖昧になり、失われてきていることへの危機感を書いてきたつもりです。
 そこへ今度は消費税の軽減税率です。来年10月、消費税は8%が10%に引き上げられます。しかし、国民生活に大きな影響を与えてはいけないということで、8%のまま据え置く、という特別扱いが軽減税率です。


「なんで新聞が?」「政府が新聞を買収」
 
 国税庁の説明によりますと、対象品目は二つです。一つは「酒類、外食を除く飲食料品」です。外食やケータリングは対象外なので10%に上がるのに、テイクアウトや宅配は8%のまま、ということです。分かりにくさや複雑さがニュースになったり話題になったりしていますが、食品が対象になることに異論は少ないようです。
 もう一つは「新聞」です。消費税で言う「新聞」とは、週2回以上発行され、定期購読されていることが条件です。「週2」ですから週刊誌は対象外になります。定期購読を条件にしたことで、駅などで売っている新聞は対象外になります。
 「食品はいいとして、なんで新聞が?」と思われる人が多いでしょう。食料品については新聞もテレビも大きく取りあげていますが、新聞は自身に関する報道には気合が入っていないように見えます。新聞が議論しないならば、いったい誰が議論するのでしょう。後で書きますが、これは「文化」の問題ですから、熱い議論が交わされて当然です。ところが残念ながら議論はほとんどネット上でしか行われていないのが現状です。「軽減税率は政府が新聞を『買収』するコスト」「新聞は政権批判ができなくなる」「不偏不党の看板を下ろせ」など厳しい意見が出ています。


書籍や雑誌抜きの「文化」


 新聞は日本新聞協会を中心に2010年代の前半から「軽減税率の適用」を要望してきました。13年に新聞協会が「軽減税率を求める声明」を出し、15年の新聞大会では「特別決議」(注)を採択しています。
 それだったら、新聞に適用する意義や理由を日常の紙面でもっと説明した方がいいでしょう。批判に対して反論したらいいでしょう。なぜしないのでしょう。特別決議などを読むと、「民主主義と文化水準を支える公共性の高さ」と「知識に課税せず、という外国の理念を日本でも」という二点を理由に上げています。新聞だけでなく、多くの国がしているように書籍や雑誌も適用の対象にせよ、とも要望しています。
 「知識」は「週2回の発行」や「定期購読」で保証されるのでしょうか。なぜこの条件を呑んだのでしょうか。「呑んだ」のではなく、本音は新聞の部数減対策にあるのではないか、と疑いたくなります。書籍や雑誌は付けたしだったのではないか思わざるを得なくなります。
 新聞協会会長は新聞だけが適用されることに後ろめたさを感じたのかもしれません。18年の新聞大会で次のように挨拶しました。
 「(新聞の)即売や電子新聞、出版物も対象に含めるよう理解を求める活動を強化していきます」
 「一方、軽減税率の対象商品であるからこそ、今後、社会が新聞を見る目は、より厳しくなっていくものと思われます」
 新聞への風当たりが強くなることを分かっているではありませんか。すでに新聞は信頼を失いつつあるのですが、軽減税率適用で信頼性はさらに大きく揺らぐ恐れがあります。政府にすがりついて経営の悪化を防げたとしても、残るのは政府への“負い目”だけです。


「選別」され続ける新聞


 新聞はすでに権力に選別され、取り込まれているのではないでしょうか。一つ例を挙げます。
 政府広報オンラインによると「国際平和協力法25周年」を記念して、昨年7月10日と11日に政府の広告が70社の新聞に掲載されました。いわゆるPKO法です。1ページの3分の2ものスペースを使う大きな広告でしたが、主要な新聞や地域の新聞が網羅されている中で、1社だけ掲載されない新聞社がありました。朝日新聞です。PKO法案に批判的だった、ということでしょうか。1社だけ外す、ということ自体、私には「大事件」に見えるのですが、報道されませんでした。後に朝日の社長は「なぜ朝日だけ載せないのか、こちらが聞きに行く話ではない。聞く気にならないので放っておいた」と話してくれました。その心意気やよし、です。
税制改革の一環である軽減税率では1社だけ外す、といった露骨なことはできません。しかし恣意的な選択ができるところ、目につきにくいところでは選別は確実に進んでいます。


今は昔「財政再建」


 消費税は1989年4月、竹下内閣の時に3%でスタートしました。財政悪化を防ぐためです。94年、村山内閣の時は4%プラス地方消費税1%、97年橋本内閣で5%、2012年、野田内閣の時に現在の8%になりましたが、軽減税率は導入されませんでした。
 今「財政再建」などという言葉はどこに行ってしまったのか、メディアも取りあげなくなりました。国債を中心に政府の借金残高は1000兆円規模になっています。日本人は貯蓄性向が高いし、1000兆円をはるかに超える金融資産を持っているから、国債をどんどん発行しても大丈夫だ、しかも外国が持つ日本国債は10%程度だから破綻などあり得ない、という議論が盛んです。日本銀行が持つ国債は400兆円を超えています。本当に大丈夫でしょうか。このあたりは「日めくりテレビ」で池田健三郎さんが解説してくれていますのでご覧ください。
 今や財政再建ではなくバラマキ財源になっていると言っていいでしょう。そのバラマキの対象に新聞が入ったことを自覚すべきです。
 新聞は軽減税率を適用されても、いずれ値上げせざるを得なくなります。消費税10%で値上がりした新聞用紙代、インク代などを買わなければならないからです。その時は、まさかこっそり値上げするわけにいかないでしょう。
 いまからでも遅くありません。財政、税制の原点に立ち返って「軽減税率」を考え直しましょう。




<注>特別決議は2013年から15年まで3年連続で採択されています。15年の特別決議の全文(毎日新聞による)は以下の通りです。
「新聞は、民主主義の維持・発展や文化水準の向上に大きく寄与しており、生活必需品として全国どこでも安易に入手できる環境が求められる。そうした環境を社会政策として構築するため、消費税に軽減税率制度を導入し、新聞購読料に適用するよう強く求める。欧米諸国は『知識に課税せず』との理念に基づき、新聞の税率には特別な措置をとっている。知識への課税は文化力の低下をもたらし、国際競争力の衰退を招きかねない。わが国においても新聞への課税は最小限にとどめるべきである」