君和田 正夫
年明け早々の1月10日、小泉純一郎、細川護煕という元首相二人が記者会見を開き、「原発即時ゼロ法案」を発表しました。二人は「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟」という民間団体の顧問をしています。2014年の東京都知事選には細川氏が脱原発を掲げて立候補し、小泉氏がそれを支援するというコンビで臨みましたが、舛添要一氏に完敗しました。
そのせいか新聞の扱いも大きく異なりました。東京新聞は一面トップ、読売新聞は4面ベタ記事、朝日は4面3段、毎日は2面4段といった具合いでした。
小泉さん、「脱原発」をポピュリズムの道具にするな
二人の元首相は、というより小泉氏は何を考えているのでしょうか。何か狙っているものがあるのでしょうか。「脱原発」の支持する者として不安に思えてなりません。小泉氏は首相時代に政治の根幹をポピュリズムそのものに換えてしまった張本人だと、私は思っています。小泉政治の延長線上に独裁色が強い「一強政治」があるのです。その反省に立って「反原発」「脱原発」を主張し、あわせて安倍政権批判を展開したのでしょうか。イラク戦争への対応などを含めて、小泉氏への信頼感は大きく揺らいだままです。今回の小泉提案が再びポピュリズムの一環であって欲しくないと願っています。
かつて朝日新聞の経済部にいたころ、エネルギー記者クラブに籍を置いたことがあります。当時は第二次石油危機の真っ最中でしたので、当然のように原発推進が政策でした。「スリーマイル」(注①)「チェルノブイリ」(注②)での原発事故は、日本のエネルギー政策に衝撃を与えました。しかし自分自身を考えても「日本ではこんな事故は起きないだろう」という気持ちが、どこかにあったように思えます。「他山の石」という感覚でしょう。しかし2011年3月11日の東日本大震災がすべてを変えました。
原発依存度2割への転換
日本原子力発電株式会社のサイトによると、1966年に東海発電所が営業を開始して以来、原発は60基ほど作られたようです。そのうち15基の廃炉が決まり、さらに新しい規制基準に合っているか、14基が審査中ということで、現在稼働中は5基ということです。この5基は九州電力の川内1,2号機、高浜3,4号機、そして四国電力の伊方3号機ですが、伊方は昨年12月に広島高裁が一審判決を覆して運転差し止めを命ずる判決を出しましたので、実際は4基ということになります。
多くの原発が審査を受けている新しい規制基準は、資源エネルギー庁によれば福島の事故をきっかけに作られました。政府の「長期エネルギー需給見通し」(2015年7月)は「3.11」の前は3割くらいだった原発への依存度を可能な限り引き下げ、2030年には22~20%にすることを目標に掲げています。新規開発のために必要な住民の理解が得られない、という事情が働いているからでしょう。
これはエネルギー政策の大きな転換に見えました。福島の前に作られた「2030年のエネルギー需給展望」では総発電量の三分の一を占める原発の割合を維持、拡大し「わが国の基幹電源としての役割を果たし続ける」と宣言していたからです。
官民一体で原発輸出国へ
ところが転換ではなかった可能性が出て来ました。小泉氏らが「脱原発」を発表した翌日の朝日新聞にびっくりするような記事が出ていました。
「英原発 日英政府が支援」という一面トップの記事です。日立製作所が英国西部にあるアングルシー島で計画している原発二基の建設を巡る話です。日立は英国の原子力事業会社を買収しており、その会社の事業として日立、日・英の三者が投融資する、という筋書きです。日本側の融資、一兆一千億円は政府系の国際協力銀行や三メガバンクが見込まれている、と朝日は報じています。日本の電力会社にも協力を求めているようです。
記事によると、福島以降、建設コストが高騰しているので、1.5兆円から2兆円とされている事業総額は3兆円程度に膨れる恐れがあるとのことです。事業で損失が出た場合、日本国民の負担になる恐れがあることなどから「巨大リスク」を抱えたプロジェクトであると警告しています。
日立は2020年に最終判断する、とのことですが、国内では安全最優先で、原発依存度を引き下げようというのに、海外での原発建設には積極的に参加しようというのは、日本の原子力発電へのスタンスが揺れ動いているように思えます。「二枚舌」という言葉を連想させるくらい理解しがたいことです。貿易の大きな柱にしようとしているのでしょうか。
強い疑問を感じているところに、日本経済新聞が「欧州の原燃会社 買収交渉」という記事を、1月20日の朝刊一面で報じました。こちらは日本政府が国際協力銀行を通じて、米国のエネルギー会社と共同で欧州のウラン濃縮会社の買収交渉に入った、というものです。この会社も英国が大株主ということです。
日経によると、原発を「基幹電源」と位置付けている日本政府が、原発の燃料である濃縮ウランの安定調達を目指し、さらに「原発輸出後押し」と分析しています。
核政策と原発政策は、似た者同士か
日本政府の本音はどこにあるのか、分からなくなってきました。日本の核政策についても、どこを向いているのか分からない、と書いたことがありますが、原発も同じです。国民に向かっては「きれいごと」を説明し、「本音」は別のところにあるように見えます。
英国での原発計画に戻りますと、日立の中西宏明会長が経団連の次期会長に内定しました。日立は2020年の最終判断で計画からの撤退を選択できるのでしょうか。経団連はこのところ政府にはっきりものを言わなくなった、という評価が強まっています。「大物会長がいなくなった」という人が増えました。
12月の「塾長室」で日本は核兵器の保有国を目指しているのか、という原稿を書きました。「ヒロシマ」「ナガサキ」が戦後日本の原点ではなくなりつつあるのではないか、という気持ちが強くしたからです。むしろ、政府は「ヒロシマ」「ナガサキ」を遠い過去の歴史に封じ込めたいと思っているのではないか、と思えて来ます。「フクシマ」が「過去の仲間」に入れられる日も遠くない、と危惧せざるを得ません。
<注①>スリーマイル島原発事故
1979年3月28日、米国ペンシルベニア州スリーマイル島の原子力発電所2号機で起きた炉心溶融(メルトダウン)事故。住民が大規模な避難を余儀なくされ、反原発運動の引き金になった。国際原子力事象評価は「レベル5」の重大事故。報道によれば、残っていた1号機は2019年9月末までに閉鎖する、と電力会社が発表した。
<注②>チェルノブイリ原発事故
1986年4月26日、旧ソ連のウクライナ共和国で起きた原子炉の爆発事故。死者は数千人から十万人以上まで様々な推定が行われている。放射性物質の放出で汚染は世界規模に広がった。住民の強制避難で半径30キロ以内の集落はほとんどが廃墟になった。
国際原子力事象評価尺度は国際原子力機関(IAEA)などが定めた危機の水準を示すランク。「0」から「7」まであり、「5」からは外部への影響が大きい危険度の高いケースに適用される。「レベル7」で最悪。チェルノブイリと福島第一原発は「7」、スリーマイル島は「5」だった。
[写真説明]
「詩人の記憶」昭和12年、詩人、中原中也は鎌倉五山の一つ・寿福寺の境内に家族と居を構えたが、同じ年に亡くなった。30歳。寺には高浜虚子、大仏次郎らが葬られている。年をとればとるほど、中也の詩は心から離れない。「帰郷」の一節から。
これ私の故里だ
さやかに風も吹いている
心置きなく泣かれよと
年増婦(としま)の低い声もする
あゝ、おまえは何をしてきたのだと…
吹き来る風が私に云ふ