『30+30』

H.Sekiguchi

H.Sekiguchi

関口 宏

 ♫ 今はもう秋〜 誰もいない海〜 ♫ の季節に、やっとなってくれました。

 若い頃にはちょっぴり感傷的にもなったこの時期ですが、この歳までくると、「やれやれ」「やれやれ」が本音。とくにこのところの夏は、ますます暑さがこっぴどくなっているようで、「やれやれ!」に力がこもります。

 そんなこっぴどさに、家に閉じ篭められたある日、やることもないので仕方なく、押し入れの整理をしておりましたところ、思いがけない一品が出てまいりました。

 洋風左党、つまり洋酒のお好きな方ならご存知だと思いますが、昔のいっとき、静かなるブームを巻き起こした『バランタイン30年』であります。

 国内ではほとんど手に入れる事が出来ず、渡航の際、どこかの免税店あたりで物色するしかなかったウイスキーで、数も少なく、値も張る失礼な奴ですが、当時、ビールか日本酒ですませていた私も,「是非一本くらいは・・・・」と思い、アラスカ・アンカレッジの免税店で、やっと手に入れたものなのです。

 ちなみに、私がまだ頻繁に海外取材に出ていた30〜40年ほど前迄は、ヨーロッパ直行便がなく、アンカレッジ経由で、パリだのロンドンに出掛けていました。

 往路は何の興味も湧かないアンカレッジも、しばらく他国にいて、ようやく日本に帰れる復路のアンカレッジは魅力的でした。

 カタコトの日本語をあやつるオバさん達との会話が嬉しかったし、そのカタコトの日本語ですすめられる決して安くはない、旨くもない「かけうどん」をついつい食べてしまうのでした。

 そしてそこは免税店ですから、日本より安く買えるタバコ、香水,洋酒がふんだんに置かれていて、お土産に困った人たちのオアシスでもありました。

 しかしそこでも、めったにお目にかかれることはなかった『バランタイン 30年』に、ある日遭遇することになったのです。

 「これ、メズらしいよ!ニホン、ない!タカイ!ここヤスイよ!」のオバさんのセールストークが、この夏、ひと瓶のウイスキーと共によみがえりました。

バランタイン 30年

バランタイン 30年

 

 

 でも考えてみれば、30年ほど前の、30年物のウイスキー。はたして中身は生きているものやら死んでいるものやら・・・・・。

 興味半分、心配半分、どう見ても何の愛想もない紙箱からそーっと引き出してみれば、これまた何の愛想もない当たり前のガラス瓶。普通、貴重で値の張る物なら、木箱に入っていたり、陶器が使われていたりするものですが、どこといって特別感はなく、地味すぎるほど地味な存在。

 「これじゃー多分、駄目だろうな・・・・・」と思いつつ、栓を抜こうと瓶の首に手をかけたところで、ふと、思いとどまりました。実はその三日後、ある飲み会が予定されていて、そこにウイスキーにうるさい吞ん兵衛が集まる事を思い出したのです。

 「あそこで開けよう!気がぬけた酒で、どれだけ盛り上がれるか・・・・洒落、洒落、洒落!」

 そしてその三日後の飲み会。

「30年前の30年物? じゃー60年物じゃん」「でもそりゃダメだ。後の30年に意味がない」「もの持ちがいいねー」「多分ダメだと思うよ」「スだ、酢になっちまってるよ、きっと」とあちこちから声が飛び交い、いよいよ栓を開けて匂いを嗅いで見れば、何とも言いがたい香りがあるものの、ウイスキー独特のツーン!はありません。

 「やっぱり駄目じゃないか?」 そう言いながらショットグラスにそっと注いで、恐る恐る口に含んだ毒味役の吞ん兵衛。皆がじーっとみつめる中、しばし無言のままの状態になりました。

 「どうなの?・・・・生きてるの?死んでるの?」とせっつく私に、グラスを差し出し、顎で「おまえもやってみろ」と仕向けます。私も恐る恐る口に流し込みました。

 するとどうでしょう。

 しばらくは私も、黙っていたいというような、また、じっくり味わっていたいというような、でもひっかかりがないので、スルスル喉を通ってしまうような・・・・・・

 つまり・・・・・・旨いんデス!

でも「旨い」と表現することがつまらないと思えるほど旨いんデス!

「筆舌に尽くしがたし」と言われるように、本当に旨い時は、実は、黙ってしまうものなのだと再確認しました。

 それを思えば、四六時中、何か食べてる今のテレビ。カメラの前では、そうは行かないのでしょうが、何か表現しなければ伝わらないという焦りのようなものが、つい,安易なリアクションに走らせてしまう傾向が見られますし、かく言う私も、それで散々苦労させられた一人でもあるのですが・・・・・

 それにしましても、『バランタイン 30年』は大した奴でした。
大袈裟に自らを主張する事もなく、しっかり自らを保ち続け、そして寿命を全うしました。

「人もまた、かくあらん」というメッセージを残したかのようにして・・・・・

テレビ屋  関口 宏