堀木 卓也
日本民間放送連盟企画部長
2015年は日本で動画配信サービスの普及が加速した年と記憶されるだろう。きっかけは外国勢の日本市場進出だ。米大手のネットフリックスが9月に日本国内でサービスを始めると、間髪入れず通販大手のアマゾンが、同社のプライム会員(年3800円で送料無料など)を対象に、追加料金なく“おまけ”として動画を視聴できる新サービスを始めた。
「黒船襲来」の刺激
有料動画配信の市場規模(推定額)は2014年で推定1255億円、2019年度には2020億円まで拡大するとの予測もある。もともと日本ではNTTドコモとエイベックスが運営するdTVや、日本テレビの子会社が運営するHuluをはじめ多くの事業者が有料配信を競いあっていたが、まさに黒船の襲来が市場を刺激した格好だ。加入者獲得の呼び水として、オリジナルコンテンツの制作・配信に力を入れるのも各社共通である。
一方、無料配信事業にも大きな出来事があった。在京キー5社が共同で立ち上げた広告付き無料見逃し配信サービス「TVer」(ティーバー)である。視聴できる端末はパソコン、スマホ、タブレット。視聴可能な番組はキー局の人気番組を中心に約60番組ほどで、オンエア直後から1週間、無料で見られる仕組みだ。見逃したり、録画をし忘れた番組を次回の放送日までに見たいという視聴者のニーズに応えたサービスと言える。10月26日にサービスを始めてから約1カ月でスマホ、タブレットでの視聴に必要なアプリのダウンロード数は100万を超え、順調な滑り出しを見せている。
若者のテレビ離れに危機感
キー5社が無料配信を始めた理由の一つに、若者のテレビ離れがある。ビデオリサーチの調べによると、ここ数年、1人当たりのテレビ視聴時間は概ね横ばいだが、10代男女と20代の男性の視聴が減少傾向にある。若者が見たいと思う番組が少ないのではないかという見方もあるが、そもそも若者が日頃から最も親しんでいるスマホやタブレットなどのインターネット端末にテレビ番組を流さないと、この世代にテレビ放送を届けることは難しいという見方もある。テレビ放送を見ない今の10代が、10年後に20代に、20年後には30代になり社会の中核層になっていくにつれて、テレビ放送を見ない世代が増えていくのではないかという危機感が民放関係者の意識の底流にある。
NHKは受信料の対象にするか
こうした危機感はNHKも共通だ。NHKコンテンツへの接触率を高めるために、インターネットを使った番組配信の拡大は急務である。NHKが2015年10月から、テレビ放送をインターネットで同時配信する実験を始めたのも、その一環だ。放送法においてNHKは24時間のテレビ放送の常時同時配信は認められていないが、「番組の権利処理」「配信コスト」「輻輳しない配信技術」などの課題を実験で検証したうえで、東京オリンピックが開催される2020年には常時同時配信を実現させたい考えだ。
また、インターネット経由のテレビ視聴を受信料徴収の対象にするかという議論は避けられず、場合によっては受信料制度の見直しを含む法改正が必要だ。受信料制度の根本にかかわる変更だけに、国民各層の理解を得るには、慎重かつ丁寧な検討が求められるところだ。
放送番組のインターネット配信は、スマホなどモバイル端末に親しむ若者世代などをテレビ放送に取り込む効果が期待できる半面、民放事業者に新たな課題も生んでいる。
その一つが、ネット経由による視聴時間や視聴人数といった量的な指標や、CM視聴の広告効果を示すためのデータの整備である。インターネット広告に関しては出稿から露出まで自動化されたシステムがすでにできあがっている。この世界では後発となるTVerは、ユーザーの拡大を進める一方、内容に一定の質が確保されている地上波番組とともにCMを露出することのメリット感やプレミアム感を広告主企業にどのように訴求していくかが大きな課題となっている。
エリア制限をするか、しないか
もう一つの課題は、地方局への影響である。電波を使ってテレビ番組を全国津々浦々にあまねく届ける仕組みは日本の社会や経済の発展に大いに貢献してきたところだが、その中心的な役割を担ってきたのがテレビ放送のネットワークである。地方局は地元の出来事を取材して地域で放送するだけでなくキー局にも伝え、キー局は全国から集まった情報や国際ニュースを編集してネット番組として全国に打ち返す。地方局はネット番組と自社制作のローカル番組で獲得した視聴率を基に、CM枠を販売して収入を得る。こうした民放テレビのエコシステムが良好に機能するには、視聴者に地元の放送を見てもらい、それが地元局の視聴率に反映されることが前提となる。
テレビ放送をインターネットで同時配信するようになり、ネット経由の視聴が増えてくれば、ネットワークで支えられた民放テレビ界の体制が崩れる恐れがある。NHKテレビ放送の同時配信は、関東広域放送をインターネットで全国に配信する方向とされるが、仮に民放キー局がエリア制限をかけずに同時配信をするような事態を想定すると、地方局としては心中穏やかではない。
私見だが、テレビ放送の同時配信は、その同時同報性は放送に極めて類似のサービスであることから、配信エリアは放送エリアに準じて制限することが適切であると考える。いつでもどこでもアクセスできるインターネットの特性を制限することは時代錯誤のそしりを免れないが、情報の一極集中にますます拍車がかかるようなサービスの実用化は、慎重な上にも慎重に考えたい。
地方における映像情報発信の担い手をどう維持していくか。地方局はインターネットを活用して、従来に増して地域に貢献し、公共的な役割を発揮しうるのか。そうした視点を欠いて、単なる伝送路の多様化やNHK受信料制度の見直しの議論に終始してはならないだろう。
地方局の将来は、地方のありようにかかわる問題である。
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