トランプショック

H.Sekiguchi

H.Sekiguchi

関口 宏

 「トランプショック」・・・・を引きずりながら、2016年も暮れようとしています。
世界中のメディアが予想外の展開に振り回され大混乱に陥りましたが、その前にも、イギリスのEU離脱が予想外の出来事として世界を驚かせたばかりでした。
 メディアや専門家ですら予想できないことが世界で起きる・・・・この現象は一体何を意味するのでしょう。

 

 ある人が、21世紀は『不機嫌な時代』で幕を開けたと言いました。
それが『不寛容な時代』へと変わりつつ、今回の「トランプショック」は『不安定な時代』『不確実な時代』になったと、フランスのオランド大統領に言わしめたのです。
この先、世界が何処へ向かうのか・・・・部分的な分析では、多くの国が内向き・閉鎖的な傾向に走ると読む人達もおりますが、それで世界がどうなるのかは誰にも判らない、つまり『不確実』な未体験ゾーンに、世界が突入したのかもしれません。

 

 それにしましても、アメリカという国の中は、相当痛んでいたのですね。貧困・格差・人種差別・繰り返される戦争の後遺症・・・・メデイアが伝える情報だけでは知り得ない深い混乱の末のトランプ選択。それが正しかったのか、間違いだったのかは今のところ判りません。

 

 戦後、私達世代は、テレビから流れてくるアメリカのテレビ映画によってアメリカを知りました。
「パパ大好き」「うちのママは世界一」といったようなホームドラマに出てくる白い家、緑の芝生、マイカー、大型冷蔵庫、室内犬等々、まだ戦後の貧しさの中にいた日本人にとっては、信じられない世界をアメリカに見たのです。
そこに登場する素敵なパパ・ママは優しく、そしてしっかり子供達を育てて行く(ほのぼの)とした雰囲気に日本人の誰しもが憧れました。
「アメリカは素晴らしい」「アメリカのようになりたい」
戦争では敵国であったアメリカに、一気に掌返しをした感の日本ではあったのですが、信憑性はともかく、アメリカはアメリカの良いイメージを日本に植え付ける作業があちこちでなされていたと聞きます。
 上記のテレビ映画はアメリカでも放映されていたものですから、これがアメリカの作戦だったと言うつもりはありませんが、日本人にアメリカの良いイメージを持たせることに、テレビが関わっていたことは間違いありません。

 

 しかし、その後聞かされた話では、日本が羨望の眼差しでブラウン管の中のアメリカを見つめていた時、既に良きアメリカは壊れていたといいます。
聞けば「なるほど」と納得したのですが、当時アメリカは民権運動による対立やら、銃による暴力が頻発していて、ホームドラマに出てくるような(ほのぼの)とした空気は無くなりつつあったというのです。

 

 第2次世界大戦後、世界の覇権を握り、世界をリードして来たアメリカの良き時代は、本当に短かったのですね。
それでも世界のリーダーの自負を捨てる訳にも行かず、時に世界の警察官として紛争に絡み、時に経済のトップとして、知恵の限りを金融経済等へ振り向け、必死にその座を守ろうとしてきたのでしょう。
 しかしその大きなツケが、結果的にアメリカ国民に回ってきて、ついにそのアメリカという国のあり方に対して、「NO !」という声が大きくなったように思われます。

 

 正直、この「トランプショック」により、私の担当する年末年始の番組も根底から企画替えを余儀なくされました。今、大慌てで作業に取りかかっていますが、はてさて世界はどこへ向かうのでしょう。

 

 イギリスのEU離脱に投票した人の中には、投票しておきながら結果に驚いている人がいるそうです。
アメリカの「トランプショック」の中にも、同様の人達がいるものと思われます。

 

 「しまった!こんな筈ではなかった・・・・・」ということにならないようにと祈りながら、2016年最後のコラムにしたいと思います。

 

 皆様、どうぞ良いお年を・・・・・とは言いながらも、どこか不安を抱えた年末になりました。

テレビ屋  関口 宏