分断されたメディア
元テレビ朝日モスクワ支局長 武隈 喜一
ニューヨーク州のクオモ知事は毎日昼に、トランプ大統領は夕方に記者会見を開き、それぞれがライブ中継される。視聴者は否が応でも二人の会見に注意を払うことになる。これに加えて、CNN、MSNBC、Fox Newsなどの24時間ニュースチャンネルが一日中新型コロナウイルスとトランプ政権の取り組みを取り上げているので、トランプ政権ベッタリのFoxを見ている人と、トランプ批判の急先鋒MSNBCを見る人では、「コロナ対策に成功し経済活動を再開する米国」と、「失敗し続けている米国」という、まったく違った二つの米国像を見ていることになる。そして両方のニュース番組を見るひとは、まずいない。
(テレビ中継されるトランプ大統領の会見)
4月1日に米国のPEWリサーチセンターが公表した24時間ニュースチャンネルのコロナウイルス報道についてのアンケートは、米国民のこの分断を物語っている。
Foxはトランプ、MSNBCは反トランプ
MSNBCとFox Newsを比べているこの調査によれば、「ウイルスは自然発生か」という問いに、MSNBCをよく見ている視聴者は66%がyesと回答し、Fox Newsを見ている視聴者は、わずか37%がyesと答えたにとどまった。また「コロナウイルスの脅威をメディアは誇張しているか」という問いには、「おおいに、ある程度」と答えた人がMSNBCの視聴者では合計25%にとどまっているのに対して、Fox視聴者では合計79%にものぼっている。つまり、Fox視聴者の大多数が、ウイルスは誰かが作りだしたもので、メディアはコロナウイルスの危険性を誇張していると考え、MSNBCの視聴者は、ウイルスは自然発生で、メディアは危険性について誇張せずに伝えている、と考えている。
Foxが新型コロナウイルス報道の当初から見せた姿勢は、まさに「トランプ政権の広報機関」の名に値するものだった。
Fox Newsの視聴者の平均年齢は65歳で、他のチャンネルと比べても新型コロナウイルスによる重篤化をもっとも懸念すべき高齢層なのだが、米国で死者が出た後の3月3日になっても、Foxのニュース番組”The Five”のMCは「わたしはコロナなんて怖くない。誰もこわがることなどない」と発言した。これはトランプ大統領自身の発言「コロナ対策はうまくいくだろう。4月に入って暖かくなれば、ああいうウイルスは消えてなくなる。わたしはうまくいくと思っている」に沿ったものだった。
月―木のプライムタイム帯ニュースショーのMCで、もっともトランプ大統領に近い男と言われるショーン・ハニティは、「新型コロナウイルス騒ぎ」を、トランプ弾劾裁判に失敗した民主党の陰謀だと主張し続けている。
(左からタッカー・カールソン、ローラ・イングラム、ショーン・ハニティのFox Newsの親トランプMCたち)
4月3日には、あまりにも科学的知見からかけ離れたFoxの報道に対して、74人のジャーナリストたちが「Foxの虚偽情報misinformationは公衆の健康にとって危険だ」という公開書簡をルパート・マードック会長宛に送ったほどだった。
コロナは再選の「有力な武器」
しかし、Foxはその後も、新型コロナウイルスの危険を強調する専門家を批判し、トランプ大統領が、マラリア治療薬がウイルスに効くと発言すると、何週間にもわたって、この実証されていない薬剤の宣伝に努めた。トランプ大統領が全米での感染者数が増えているにもかかわらず「経済再開」に舵を切った4月中旬には、「再開 Reopen」を番組の旗印に据え、経済活動の再開を渋る民主党知事たちを徹底的に攻撃した。ウィスコンシン州やイリノイ州などで、「再開」をアピールして集まったトランプ支持者たちを煽動したのもFox Newsだと見られている。
そして、大統領選挙まで6か月を切ったいま、トランプ陣営とFoxは、はっきりと新型インフルエンザを再選の「有効な武器」として積極的に利用し始めている。夜のニュースショーのMCハニティは、ツイッターでこう発言している。
「初めから民主党がやっているのは、トランプ大統領を攻撃するためにウイルスを政治利用することだ。同じ人たちが同じことを3年も繰り返してやっている。ロシア、ロシア、ウクライナ、ウクライナ、そして弾劾裁判、弾劾裁判。今度はコロナ、コロナだ」。 感染者数が150万人を越え、死者の数が9万人を越え、いまだ終息の見えない米国では、新型コロナウイルスをめぐるトランプ大統領とFoxの二人三脚が、再選への道を着実に走っている。
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